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「残菊物語より」お徳は・・・

 明治座に亜矢姫のチケットを引き取りに行った際、三田佳子、淡島千景出演の「エドの舞踏会」の大きなポスターが掲げられてあった。
 確か、淡島千景は長谷川一夫と共演の映画で「お徳」の役を演じていたはず。もちろん、淡島千景(お徳)と共演した長谷川一夫の役は、二代目尾上菊之助である。
 その淡島千景の演ずる舞台で1ヶ月後に亜矢姫が「お徳」をと思うと、何か不思議な縁で結ばれているような気がしてならない。 等身大より大きく描かれている淡島千景のポスターに向かって「音羽や~。」と呟いて、「お玉が池の千葉道場」跡地の探索に ひとり向かうバカな男の独り言です。
 以下、独り言です。
  亜矢姫の歌う「お徳」の最後に「音羽や~。」と掛け声があるが、チョッと寄り道をして掛け声の話でも。
 亜矢姫コンサート時の掛け声(声援)は「亜矢ちゃ~ん。」が最も多いようだが、歌舞伎では屋号「○○屋」の他に「二代目」、「日本一」など多くある。掛け声のタイミングなども難しいようで素人には無理がある。ちなみに、音羽屋(おとわや)の屋号は、尾上菊五郎家、坂東彦三郎家、尾上松緑家に使われる。具体的には尾上菊五郎、尾上松緑、尾上菊之助、尾上松助、坂東彦三郎、坂東亀三郎、坂東亀寿に対してである。
 今の菊之助は五代目尾上菊之助で、昭和52年生まれの30歳。七代目尾上菊五郎(当時は四代目尾上菊之助)の長男として生まれ、母は寺島純子(藤純子)。その輝くような美貌と清潔な色気が印象的な二枚目である。
 ところで、残菊物語のモデルとなった二代目尾上菊之助には子供はいたのかな~。
 オットー 本題に戻らないと。
 【残菊物語のあらすじ】
 五代目菊五郎の養子に入り次の後継者として、世間でちやほやされる尾上菊之助は、影では、親の七光りに過ぎないつまらない芸だ、とさげすまれていた。そんな中で、幼い弟の乳母 お徳だけが正直な意見を言い、芸を磨く努力が必要だと告げる。
 菊之助は、次第にお徳に魅かれていき、彼女を愛するようになる。
 しかし、義父菊五郎は、身分違いの恋を許さず、お徳に説いて聞かせる。
 「所詮、役者は世間様あっての浮草稼業。人気の出始めた菊之助が、大切な瀬戸際に女房をもらったらどうなる。しかもその女房が弟の乳母だった出戻り女だと世間が知ったら」と。・・・
 それでも、若い菊之助の恋は一途で、ひまを出されたお徳の後を追って家を捨てる。
 大阪へ行って芸の向上に励もうとする菊之助だったが、不運が重なり旅芸人一座に身を置くまでに落ちぶれる。
 常に菊之助を信じ、投げやりになりそうになる菊之助を支えてきたお徳は、心労と貧しい生活のせいで重い病をわずらう。
 偶然再会した中村福助の後押しもあり、舞台に立たせてもらった菊之助の芸は、誰をもうならせる見事なものになっていた。
 堂々と東京へ帰ることができた菊之助に、義父の菊五郎は、「お前がここまで立派になったのは、すべてお徳のおかげだ、お徳の所へ行ってやれ。」と、初めてふたりの仲を認めたのだ。
 急いでお徳のもとへ駆けつけ、二人の仲が許してもらえたことを告げ、堂々と舟乗り込みの先頭に立つ菊之助だったが、そのとき、お徳は幻想の中で、夫の「鏡獅子」を見ながら息絶えて 短い命を静かに終えるのであった。

 リサイタル時の「ロングバージョンお徳」ではひとり舞台であったが、見事に「残菊物語」を見事に演じており素晴らしいの一言である。
 明治座公演が楽しみである。

PS 
 後で知ったことなのだが、淡島千景出演の映画はリメーク版で、それ以前に映画化されていたようである。











 

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